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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)42号 判決 2000年12月27日

原告

右訴訟代理人弁護士

櫻井義夫

被告

右代表者法務大臣

髙村正彦

右指定代理人

黒澤基弘

笹崎好一郎

津坂昇

畑山茂樹

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一五四八万九六〇〇円及び内一〇〇万円に対する平成一〇年五月八日から、内一四四八万九六〇〇円に対する同年七月二四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、<1>練馬東税務署職員の行った税務調査、<2>練馬東税務署長の行った青色申告承認取消処分、<3>同税務署長の行った所得税の更正処分、<4>同税務署長が請願及び陳情に対し誠実に対応しなかったことがいずれも違法であると主張して、慰謝料一〇〇万円の支払いを求めるとともに、所得税の修正申告及び更正処分が無効であると主張して、納付した税額の不当利得返還を求める事案である。

一  争いがない事実

1  原告は、東京都練馬区春日町の事業所(以下「原告の事業所」という。)において司法書士業及び土地家屋調査士業をA事務所の屋号で営む個人の青色申告者であったものであり、また、原告の事業所を本店所在地とし、不動産の売買、土地建物の測量、不動産売買の仲介及び斡旋等を目的とする株式会社A事務所(平成四年八月一七日に有限会社Aを株式会社Aに組織変更し、平成六年一月六日に現在の商号に変更)の代表取締役でもある。

2  練馬東税務署の紺屋慎二国税調査官(以下「紺屋調査官」という。)は、平成六年八月二二日、同月二六日、同年九月一二日及び同年一〇月三日の各日に、原告の平成三年ないし五年分の所得税の調査を行うために、原告の事業所へ臨場した。

また、石亀章治国税調査官(以下「石亀統括官」という。)及び紺屋調査官は、平成六年一〇月七日、練馬東税務署を訪れた原告に応対した。

3  紺屋調査官は、同月一二日、原告の事業所に臨場し、その後、原告の領収書等を持ち帰った。

(なお、この点については、後記のとおり、原告は、原告不在の間に押収したと主張するのに対し、被告は、原告の承諾に基づいて任意に借用したと主張している。)

4  紺屋調査官は、同年一一月一五日、同月二一日及び同月三〇日の各日に、原告の事業所へ電話をかけて、原告と右領収書等の返還について話をし、同年一二月七日、調査のために原告の事業所に臨場して、原告に領収書等を返戻するとともに、原告から受取書を受領した。

その後、原告代理人の乙税理士(以下「乙税理士」という。)作成の平成七年一月一九日付け請願書及び同年三月二〇日付け第二次請願書、並びに右各請願書に対して回答を求める原告代理人の丙弁護士(以下「丙弁護士」という。)作成の同年六月六日付け通知書が、いずれも練馬東税務署長あてに郵送された。

5  紺屋調査官は、同月二二日、原告の事業所へ臨場し、さらに、同年七月七日、平成四年ないし六年分の所得税の調査のために原告の事業所に臨場したところ、原告のほかに、丙弁護士及び乙税理士が同席しており、さらに後からB商工会の男性が一人加わった。このとき、原告は、右調査についてテープレコーダーによる録音及び写真撮影を行った。

6  紺屋調査官から原告の調査を引き継いだ高橋一実上席国税調査官(以下「高橋上席」という。)は、平成七年九月一二日午前九時二〇分ころ、原告の事業所に電話をかけ、原告に対し、担当が自分に代わったこと、次回の調査日を同月一九日午後一時三〇分としたいことを伝えたところ、原告は、「予定がはっきりしない。裁判所に書類を提出する準備を進めている。もう、調査は終わったのではないか。」などと述べ、電話を一方的に切った。

原告は、同日午前一〇時四〇分ころ、練馬東税務署に電話をかけ、石亀統括官に対し、「現在、訴訟の準備中である。裁判は裁判として調査には応ずる。事務所で一〇月一九日午後三時からとしたい。」旨を申し入れ、石亀統括官は、右申入れを了承した。

7  原告は、同年一〇月一三日午前一一時三〇分ころ、練馬東税務署に電話をかけ、石亀統括官に対し、「一〇月一九日の調査予定を一二月四日午後三時からに変更してほしい。」旨を申し入れ、石亀統括官は、右申入れを了承するとともに、高橋上席が調査に伺う旨を原告に伝えた。

8  しかし、その後、高橋上席は、平成七年一二月四日午後三時から原告の事業所に調査で臨場することを失念してしまった。

原告は、同日午後三時三〇分ころ、練馬東税務署に電話をかけ、石亀統括官に対し、「今日の午後三時が調査の約束ではなかったのか。」と申し立てたのに対し、石亀統括官は、すぐ、高橋上席を原告の事業所に臨場させようとしたものの、他の事案の税務調査に出かけてしまっていた高橋上席を原告の事業所に臨場させることができないことから、原告に対し、「忘れてしまって誠に申し訳ない。」と陳謝したが、電話を代わった乙税理士は、「税務調査で約束の日に来ないというのは初めてだ。今日のこういうことをどう考えているのか後で代理人に連絡してほしい。」旨申し立て、電話を代わった原告は、「こういうひどいことをやって、職権の濫用になる。やり方が非常識だ。」と言い、一方的に電話を切った。

9  高橋上席は、同月二二日午後三時ころ、平成四年ないし六年分の所得税の調査のために原告の事業所に臨場し、原告に調査に対する協力を要請するとともに、次回調査を平成八年一月一六日午後一時から行いたいので帳簿書類を用意しておいてほしい旨伝えて、前回調査に臨場しなかったことについては謝罪した。

これに対し原告は、「テープをとっていいか。なぜ、紺屋さんと石亀統括官が来ないのか。なぜ、前回は来なかったのか。平成四年分及び平成五年分の経費の領収証は、大阪の知人のところにあり、今探しているところだ。(原告が国税庁長官に対して出した)請願書について回答してくれ。」と言い、さらに、石亀統括官に電話をかけたりした。このような状況であったため、高橋上席は、午後三時一〇分ころ、右事業所を辞去した。

10  高橋上席は、平成八年一月二四日午前一一時二〇分ころ、原告に電話をかけ、調査日程を決めたい旨伝えたところ、原告は「今、裁判で忙しい。前の担当者と責任者の統括官が来ればいい。」などと申し立てるだけであった。

11  原告及び乙税理士は、同年二月一五日午後二時五五分ころ、練馬東税務署に來署したので、総務課長尾林辰己及び石亀統括官が応答した。

原告は、帳簿書類を二箇月間も借用したことなど調査について種々文句を述べたうえ、本件調査について「国家公務員の職権濫用だ。」と述べて、乙税理士とともに、午後三時五五分ころ、練馬東税務署を退出した。

12  高橋上席は、同年三月八日、原告に対し、平成四年ないし六年分の所得税の修正申告を慫慂した。

13  原告及び乙税理士は、同月一一日、練馬東税務署に来署し、石亀統括官及び高橋上席から修正申告の慫慂を受けたが、給与所得について修正申告するので、原告の主張するところで給与所得を計算するように求めた。

14  原告は、同月一三日、平成四年分の所得税の修正申告を行ったが(以下「本件修正申告」という。)、これは、給与所得を見直したものの、事業所得に係る増額分等が含まれておらず、高橋上席らが原告に修正申告を慫慂した額よりも少ない税額を申告するものであった。

15  これに対し、練馬東税務署長は、同月一四日、所得税法一五〇条一項一号に基づき原告の平成四年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消し(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)、平成四年ないし六年分の所得税について更正処分を行い、平成八年八月三〇日、右各年分の所得税について再更正処分(平成四年及び五年分は減額再更正、平成六年分は増額再更正)を行った(以下、平成四年及び五年分の所得税の各更正処分(いずれも再更正処分により減額された後のもの)並びに平成六年分所得税の再更正処分を「本件各更正処分」と総称する。)。

右更正処分等の経緯は、別表一ないし三のとおりであり、原告は、同日までに、右各年分の所得税につき、右各表の「再更正」欄記載の申告納税額を納付した。

16  原告は、その後、国税庁長官あてに平成九年一〇月一六日付け請願書を、練馬東税務署長あてに同月八日付け「更正処分の再更正及び理由教示について」と題する書面、同年一一月一四日付け上申書、同年一二月一〇日付け「更正処分の理由教示についての申入」と題する書面及び平成一〇年二月二六日付け嘆願書を、それぞれ提出した。

二  当事者双方の主張

(原告の主張)

1 損害賠償請求

(一) 税務調査の違法

練馬東税務署個人税部門所属の各調査官は、B商工会会員の申告納税に対し懐疑を有していたところ、原告がB商工会C支部の会員であることから、過去にも税務調査を実施していた。

かかる状況において、紺屋調査官、石亀統括官らは、原告が平成六年当時B商工会会員であったことから、税務署のB商工会会員の申告に対する一般的懐疑を前提に、平成三年ないし五年の原告の申告額に疑問を持ち、税務調査を実施すべきものと共謀の上、次のとおり、故意又は過失に基づいて税務調査権を濫用して、継続的に税務調査を実施したものである。

(1) 原告は、平成六年八月二六日、紺屋調査官から税務調査への協力要請に応じ、領収書、経費帳等のすべての納税資料を取りそろえて提示した。その際、原告が記帳の指導を受けた友人の丁が同席し、帳簿書類の保存期限について意見を述べたが、紺屋調査官は、部外者がいることを理由に、原告が机上に提示した帳簿等の調査を拒否した。

このように、原告は調査に協力的態度をとったにもかかわらず、紺屋調査官は恣意的に調査を拒否した。

(2) 紺屋調査官は、同年九月上旬、原告に対し、電話で「立会人を同席させないで税務調査を受けないならば、青色申告を取り消して、反面調査を行う。」と威迫し、練馬東税務署に「一人で来い。」と言った。

そして、原告は、同年一〇月七日、練馬東税務署の個室において、石亀統括官及び紺屋調査官から、帳簿の提出の強要を受け、反面調査によって社会的信用を失うことをおそれて税務調査に協力することを表明した。

(3) 紺屋調査官は、同月一二日、原告不在の間に「帳簿書類一式」とのみ記載した帳簿書類等借用書を残し、領収書などの帳簿書類を無断で持ち帰った。

そして、右書類の調査は二、三日という約束であったにもかかわらず、その持ち去りは五五日間にも及び、かつ、この間、持ち帰った帳簿書類の中身についての原告の問い合わせに対し、紺屋調査官らは回答しなかった。

紺屋調査官らの右行為は任意調査の範囲を明白に逸脱するものであり、令状に基づかずに押収したものとして、憲法三五条に違反するというべきである。

(4) 原告は、税務調査開始以来、調査に協力しないとは一度も言っておらず、むしろ、必要な協力は惜しまなかった。

また、石亀統括官及び工藤総務課長は、平成七年五月ごろ、原告に対し、早急に調査を終了させる旨口頭で約束していた。

ところが、紺屋調査官は、同年七月七日、原告の事業所に調査に臨場した際、原告が平成四年ないし六年分の領収書、経費帳をすべて提出し、持ち帰ってもよい旨を述べたにもかかわらず、調査の時間がないとして調査を行わなかった。

そして、原告は、平成七年一二月四日に原告の事業所で臨場調査を受けることを了承し、領収書、帳簿等の書類を取りそろえて、担当調査官の来訪を待機していたのにもかかわらず、同調査官は、失念と称して調査を拒否した。

右のとおり、原告に税務調査に非協力といえる事情はなかったにもかかわらず、担当調査官は、反面調査を実施するとして原告を威圧し、調査を一年四箇月間も長引かせ、原告に対し恣意的に、不平等な取扱いをした。

(二) 本件青色申告承認取消処分の違法

本件青色申告承認取消処分は、原告の税務調査に対する非協力及び帳簿の提示拒否を理由になされたものであるが、原告は、前記のとおり、帳簿の提示を拒否したことはなく、調査には協力しており、また、紺屋調査官によって帳簿書類を持ち帰られることもあり、さらには、平成六年分所得税については、失念と称して全く税務調査が行われていないのであるから、右承認取消事由は存在しなかったというべきである。

そして、本件青色申告承認取消処分は、原告が慫慂に応じて本件修正申告をしたにもかかわらず、増額更正処分とともになされたものであり、修正申告制度の趣旨及び徴税事務の信義誠実義務に反するものである。

本件青色申告承認取消処分の結果、平成四年ないし六年分の所得税の更正処分については、理由附記を要しない扱いとされたのである。

したがって、本件青色申告承認取消処分は違法である。

(三) 本件各更正処分の違法

本件各更正処分は次のとおり違法である。

(1) 紺屋調査官は、平成七年一月一九日、平成四年分所得税の申告額と調査額との差額が三六九万八三九九円であること、平成五年分所得税の申告額と調査額との差額が二七六四万〇〇四七円であることを指摘したが、これは原告の業務中の一部を摘出した調査に基づくものである。

右指摘が申告漏れの指摘ではないとすれば、平成四年及び五年分の所得税についての各更正処分は、根拠なくしてなされたものとなり、違法である。

(2) 平成六年分所得税についての更正処分は、失念と称して調査が全く行われずになされたものである。

(3) 平成四年及び五年分の所得税についての各更正処分において、認定された所得額は、原告の主張額を上回り、あり得ない売上金額を前提とするものである。

(4) 平成四年及び五年分の所得税について、最終的な再更正処分における税額は、原告が慫慂を受けた税額よりも少なく、このような差が生じた理由が不明であり、処分庁の恣意的な取扱いを窺わせる。

(5) 本件各更正処分は、原告が源泉徴収によって納付した所得税額を考慮に入れなかった疑いがある。

(四) 練馬東税務署長仲光義継及び同署長倉島伸司の不作為

原告は、税務調査開始後、練馬東税務署長仲光義継に対し、本件調査及び申告について度重なる申入れ、陳情をした。

そして、前記のとおり、国税庁長官あてに平成九年一〇月一六日付け請願書を提出して、実情を述べ善処を要請したほか、練馬東税務署長倉島伸司あてに、同月八日付け、同年一一月一四日付け及び同年一二月一〇日付けの各書面を提出して、平成四年ないし六年分の所得税額の算出根拠について教示を求め、さらに平成一〇年二月二六日付け嘆願書を提出して、国税通則法二六条に基づく減額再更正を求めた。

しかし、仲光署長及び倉島署長は、右陳情、請願に対し、この件は既に決着しているものと認識しているとの姿勢に終始し、調査した書類は検討する必要はないと言い続け、誠意ある対応は全くなかった。

仲光署長及び倉島署長の右不作為は、請願法五条の趣旨に反するほか、国税通則法二六条の目的とする公正、適切な税務行政の趣旨にも反し、公務員としての行政裁量権を濫用した明白かつ重大な違法がある。

(五) 精神的損害

原告は平成六年八月から長期に及ぶ違法な税務調査、不当な本件青色申告承認取消処分及び根拠の不明な多額の増額更正処分により、その業務遂行に支障を来したとともに、重大な精神的苦痛を与えられた。そして、税務調査終了後は、原告が誠実に税務行政の不透明な点につき教示を求めているにもかかわらず、何ら意味ある対応をされなかった結果、今後もいかなる処分がされるかもしれないと継続的に心理的不安を強いられた。

これらの行為による原告の精神的損害は、平成七年三月五日以前の行為による分が一七万円、同月六日以降の行為による分が八三万円の合計一〇〇万円である。

(六) よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 不当利得返還請求

(一) 本件修正申告が錯誤無効であること

原告は、平成八年三月一三日、本件修正申告を行ったが、これは、少なくとも石亀統括官及び高橋上席という責任ある立場の者が強く慫慂するとおり申告した以上更正処分をされることはないとの認識に基づいて行ったものであり、重要な部分に錯誤があるというべきである。

原告は、石亀統括官らに対し、修正申告をすれば更正処分を受けないで済むかにつき確認を求めたわけではないが、石亀統括官らが下書きした申告書のコピーを見ている乙税理士と石亀統括官らを見渡し、長い沈黙の後、乙税理士に対し、仕方がないとの趣旨でうなづいたものである。そして、原告が反面調査をおそれて調査の早期終結を望んでいたことを石亀統括官らが了知していたこと、原告が高橋上席から修正申告しなければ更正処分を行うと言われていたこと、石亀統括官らから「これと同じに申告するように。」と言われて数字を提示されたことからして、石亀統括官らは、平成四年分の所得税の修正申告により更正処分を受けないであろうとの原告の意図、動機を了知していたというべきであるから、原告の右動機は黙示的に表示されていたものである。

したがって、本件修正申告は錯誤に基づくものとして無効である。

(二) 本件各更正処分が無効であること

(1) 本件各更正処分は、前記1(一)のとおり違法な税務調査の結果に基づくものであるところ、右手続的瑕疵は重大かつ明白であるから、本件各更正処分は無効である。

(2) また、本件青色申告承認取消処分は、前記1(二)のとおり違法であり、これは重大かつ明白な瑕疵であるから、同処分は無効である。

ところが、同処分の結果、原告は、白色申告者として本件各更正処分を受け、青色事業者専従者給与の適用、青色申告特例控除の適用及びみなし法人課税制度の適用を受けられなかったのであるから、本件各更正処分は無効である。

(3) さらに、本件各更正処分は、前記1(三)のとおり違法であり、右瑕疵は重大かつ明白であるから、本件各更正処分は無効である。

(三) 原告の損失

本件修正申告及び本件各更正処分が無効であるにもかかわらず、所得税を納付したことによって、原告には次のとおり合計一四四八万九六〇〇円の損失が生じ、被告には法律上の原因なく同額の利得が生じている。

(1) 平成四年分所得税

再更正処分により最終的に納付した税額五一六万一四〇〇円と本来納付すべき税額〇円との差額の五一六万一四〇〇円

(2) 平成五年分所得税

再更正処分により最終的に納付した税額八五六万八二〇〇円と本来納付すべき税額二一五万二五〇〇円との差額の六四一万五七〇〇円

(3) 平成六年分所得税

再更正処分により最終的に納付した税額三四〇万四七〇〇円と確定申告に係る税額四九万二二〇〇円との差額の二九一万二五〇〇円

(四) よって、原告は、被告に対し、右不当利得金一四四八万九六〇〇円及びこれに対する平成一〇年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

1 損害賠償請求について

(一) 税務調査が違法でないこと

(1) 税務調査の必要性

練馬東税務署長は、原告の平成三年ないし五年分の所得税の申告内容の適否について確認する必要があると認めるに足りる客観的事情があったため、調査の必要性があると判断したものであって、その判断は合理的であり、違法はない。

(2) 平成六年八月二六日の調査

原告は、同日の調査において、紺屋調査官の帳簿書類の提示要請に対し、立会人を同席させた状態で、テーブルの上に置いた段ボール箱二箱を指差し、そこに領収書が入っている旨を述べたが、これでは、守秘義務が課された調査担当職員の閲覧調査に必要かつ十分な状態においたとはいえないから、原告が帳簿書類を提示したといえない。

また、青色申告者であった原告は、税法上、その領収証等を少なくとも五年間保存しなければならず、紺屋調査官が右保存義務を前提に平成三年ないし五年分の帳簿書類の提示を要請したにもかかわらず、原告は、司法書士法、土地家屋調査士法では、領収証の保存年限は発行の日から三年と規定されているから、平成三年分について期間が満了した分は処分してしまったとして、これに応じなかった。

そして、第三者が税務調査に立ち会う権利も、納税者が第三者の立会いを求める権利もないにもかかわらず、原告は立会人がいるところでの調査を求め、立会人の退席要請に応じないばかりか、テープレコーダーによる録音まで行ったところ、右状況において、税務職員に課せられた守秘義務が守られないとして同日の調査を終了した紺屋調査官の判断は、質問検査を行う税務職員の合理的選択の範囲を逸脱したものとはいえず、違法な点はない。

右のとおり、紺屋調査官は、原告が正当な理由もなく帳簿書類の提示要請に応じなかったために、帳簿書類の調査を行えなかったのであり、恣意的に調査を拒否したものではない。

(3) 原告に対する威迫がなかったこと

紺屋調査官が原告に電話をしたのは、平成六年九月上旬ではなく、同年一〇月四日であるが、その際、紺屋調査官が原告を脅迫したことはない。

そして、紺屋調査官は、同年九月一二日及び同年一〇月三日に原告の事業所に臨場した際、原告に対し、第三者の立会いやテープレコーダーによる録音がない状況で帳簿書類を提示してもらえなければ、税務署としても独自に調査を進めざるを得ず、反面調査を行うことになる旨及び青色申告の承認の取消しもあり得る旨を説明している。

このうち、反面調査を行う旨を伝えたことは、質問検査権の行使の一環であるところ、反面調査の範囲、時期等実定法上定めのない実施の細目は、税務職員の合理的な選択にゆだねられており、原告から調査の協力が得られない状況では、反面調査を行う必要があるとした紺屋調査官の判断は合理的であり、違法な点はない。

また、青色申告制度は、申告納税制度を適正、円滑に機能させるために、法の定めるところに従い、一定の帳簿書類を備え付け、日々の取引を正確に記録し、これに基づき税額等を計算し申告しようとするものに限って青色申告書を用いて申告することを認めて、所得の計算及び更正手続において有利な取扱いをする制度であり、申告の基礎となった納税者の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼を前提として成り立つものであるから、納税者の調査拒否により当該帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができない場合にまで、税務署長において青色申告の承認による特典の享受を認めることは法の予測するところではなく、右のような場合は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていない場合に当たるものとして、税務署長は、当該納税者の青色申告の承認を取り消すことができるのである(所得税法一五〇条一項)。

したがって、本件における調査の経緯において、紺屋調査官が、原告に対し、青色申告の承認の取消しもあり得る旨を伝えたことに、違法はない。

(4) 帳簿書類を違法に押収していないこと

原告は、平成六年一〇月一二日、紺屋調査官を原告の事業所の裏(建物の外)に案内し、そこの書棚の中のごみ袋三袋を指差して、そのごみ袋三袋及び事業所内の段ボール箱二箱に帳簿書類が入っている旨を申し立て、紺屋調査官に対し、それらを全部持っていくように言ったのであるから、紺屋調査官は、原告の承諾に基づき、帳簿書類を借用したものである。

(5) 調査拒否がなかったこと

紺屋調査官は、平成七年七月七日、原告の事業所に調査で臨場したが、B商工会の男性が立ち会っており、また、原告は、テープレコーダーによる録音や写真撮影を行うなどして、調査に協力しようとしなかったために、調査が進展しなかったものである。

また、高橋上席が、平成七年一二月四日、原告の事業所に調査で臨場することを失念した理由は、原告から再三調査日時の変更がなされたため、同日に他の税務調査の日程を入れてしまい、その税務調査に出かけてしまったからである。高橋上席は、同月二二日に原告の事業所に臨場し、原告に対し、調査に対する協力を要請するとともに、次回調査の予定日時を伝えているのであるから、単に、同月四日の調査日時を失念したことをもって、高橋上席が原告に対する所得税の調査を拒否したとはいえない。

(6) 調査を長引かせ、恣意的な不平等な取扱いをしていないこと

原告に対する調査が平成六年八月二二から平成八年三月一四日まで約一年七箇月を要した理由は、原告が立会人の立会いに固執するとともに、テープレコーダーによる録音及び調査担当者の写真撮影を行うなどして税務調査に応じる姿勢を示さなかったことに加え、調査日時を再三変更して調査日を延期したことによるためであり、一方、この間、調査担当者は、所得税法二三四条の質問検査権に基づき、適法に調査を行っている。

したがって、調査が約一年七箇月に及んだのは、原告の調査における対応に起因するものであり、練馬東税務署長が、調査を長期間長引かせ、原告を恣意に不平等な取扱いをしたものではない。

(二) 本件青色申告承認取消処分が違法でないこと

青色申告者は、所得税法施行規則五六条一項によって備え付ける帳簿書類が定められており、具体的には、同規則五八条一項に「青色申告者は、すべての取引を借方及び貸方に仕訳する帳簿(仕訳帳)、すべての取引を勘定科目の種類別に分類して整理計算する帳簿(総勘定元帳)その他必要な帳簿を備え、大蔵大臣の定める取引に関する事項を記載しなければならない。」と規定されている。

ところが、原告に対する調査において、帳簿書類を借用した平成六年一〇月一二日を除けば、立会人がいないところで原告から帳簿書類が提示されたことはなく、また、右借用したものは、領収書の控え及び申請書の控えであり、総勘定元帳、現金出納帳や経費帳などの帳簿はなかったのであるから、原告が右各規定によって定められた帳簿書類を備え付けていることの確認はできなかった。

そして、税務署長は、納税者の調査拒否により帳簿書類の備付け等が大蔵省令で定めるところに従って行われていることが確認できなかった場合には、帳簿書類の備付け、記録又は保存を所得税法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行っていない場合に当たるものとして、青色申告の承認を取り消すことができるから(同法一五〇条一項)、本件青色申告承認取消処分は適法である。

(三) 本件各更正処分が違法でないこと

(1) 国税通則法二四条に定める税務署長の行う調査とは、課税標準等又は税務等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含む極めて包括的な概念である。また、右調査の方法、時期などその具体的な手続については、何ら規定されておらず、その点では、課税庁に広報な裁量権が認められているものと解され、課税庁が内部において既に収集した資料を検討した正当な課税標準を認定することも、右裁量権の範囲内であり、国税通則法二四条に規定する調査に含まれると解すべきである。

そして、平成四年及び五年分の所得税の各更正処分は、調査において確認された事実に基づいて行われたのであるから、売上差額(不突合)の指摘が申告漏れの指摘ではないことの一事をもって、右各更正処分が根拠のないものであるとする原告の主張は失当である。

(2) また、紺屋調査官は、平成七年七月七日、原告の事業所に臨場した際、原告に対して平成六年分の所得税についての調査を行う旨を告げた上で、調査に対する協力を要請するとともに、同年分の帳簿書類についても、提示を求めたにもかかわらず、原告が右要請に応じなかったため、結局、同年分について原告の帳簿書類を調査することができなかったものであるが、前記のとおり、所得税の調査が納税者の帳簿書類の調査に限定されるものではないから、原告の同年分の帳簿書類を調査することができなかったとしても、それをもって同年分の更正処分に係る調査が全く行われていないとする原告の主張は失当である。

(3) 他の本件更正処分の違法についての原告の主張は、推測や疑いを前提としたり、原告独自の計算や判断に基づくものであって、具体的、客観的な事実に基づくのではないから、失当である。

(四) 請願等について

原告が、練馬東税務署長に対して行った請願等は、法令に基づく法的な請求権の発動ではなく、練馬東税務署長が何らかの回答等を義務付けられるものではないから、練馬東税務署長が、右請願等に対する回答又は通知を行わなかったとしても、違法ではない。

(五) 時効による消滅

原告が本訴を提起した平成一〇年三月五日から三年前の平成七年三月六日より前の行為によって被告に損害賠償債務が発生したとしても、既に三年の時効期間(国家賠償法四条、民法七二四条)が経過している。

よって、被告は、右消滅時効を援用する。

2 不当利得返還請求について

(一) 本件修正親告が錯誤無効ではないこと

原告は、平成八年三月一一日、平成四年分の所得税について、高橋上席らに対し、給与所得について修正申告するので原告主張のところで給与所得を計算するよう求めており、同月一三日、本件修正申告をしたが、これは給与所得について計算し直しただけで、事業所得に係る増額分等が含まれておらず、慫慂された額よりも少ない税額を申告したにすぎない。したがって、原告は、自らが認めた限りについて、誤った部分だけを訂正するために本件修正申告をしたものであり、修正申告をすれば更正処分がされることはないと認識していたのではないから、その動機について錯誤はないというべきである。

また、仮に、本件修正申告が、修正申告をすれば更正処分がされることはないとの動機に基づいてなされたものであるとしても、原告は、右動機について高橋上席らに発言しておらず、これを表示したものと認めることはできないから、本件修正申告は、錯誤により無効となるものではない。

(二) 本件各更正処分が無効ではないこと

原告は、税務調査に手続的瑕疵があり、重大な違法がある旨主張するが、右調査に違法がないことは前記1(一)のとおりであるから、本件調査には重大かつ明白な瑕疵はない。

また、本件青色申告取消本件処分が適法なことは、前記1(二)のとおりであるから、本件調査には重大かつ明白な瑕疵はない。

また、本件青色申告承認取消処分が適法なことは、前記1(二)のとおりであるから、これが無効であることを前提に、本件各更正処分が無効であるとする原告の主張も失当である。

他に原告が本件各更正処分の無効事由として主張することが、失当であり、重大かつ明白な瑕疵とならないことは、前記1(三)のとおりである。

三  争点

以上によれば、本件争点は次のとおりである。

1  損害賠償請求について

(一) 原告に対する税務調査が違法であるか否か。(争点1(一))

(二) 本件青色申告承認取消処分が違法であるか否か。(争点1(二))

(三) 本件各更正処分が違法であるか否か。(争点1(三))

(四) 練馬東税務署長が陳情等に対応しなかったことが違法であるか否か。(争点1(四))

(五) 仮に、平成七年三月五日以前の行為によって被告に損害賠償債務が発生したとしても、右債務は、時効により消滅したか否か。(争点1(五))

2  不当利得返還請求について

(一) 本件修正申告が錯誤に基づくものとして無効となるか否か。(争点2(一))

(二) 本件各更正処分に重大かつ明白な瑕疵があるか否か。(争点1(二))

第三争点に対する判断

一  損害賠償請求について

1  争点1(一)について

(一) 税務調査の必要性について

証拠(乙二)によれば、紺屋調査官は、平成六年七月ころ、原告に対する所得税の調査を命じられたが、その理由は、原告から提出された平成三年ないし五年分の所得税の確定申告書によれば、原告は、平成三年及び四年分の所得税について、いわゆるみなし法人課税制度の適用を選択していたところ、事業主報酬の額に誤りがあると認められたこと、平成五年分の所得税について、事業所得の金額を給与所得の収入金額とし、給与所得控除額を差し引いて申告していると認められたこと、株式会社A事務所からの平成四年分の給与分の給与収入が申告されていないと認められたことから、原告の所得税の申告が適正であるか否かについて確認する必要があったためであることが認められる。

税務調査は、右のような事情に基づいて行われることとなったのであるから、右調査の必要性の判断に不合理な点はないというべきである。

これに対し、原告が主張するように、B商工会会員の申告に対する一般的懐疑を前提に税務調査が実施されたものであると認めるに足る証拠はない。

(二) 平成六年八月二六日の調査について

(1) 証拠(甲四二、同五四、乙二、証人紺屋、原告本人)によれば、平成六年八月二六日の調査について、次の事実が認められる。

ア 紺屋調査官が、同日午後一時ころ、原告の事業所に臨場したところ、原告だけではなく丁も待機していたので、紺屋調査官は、原告に対し、丁の税理士資格の有無を尋ねたところ、原告はそれに答えず、テープレコーダーによる録音を開始した。

なお、丁は、原告の友人で、当時、B商工会に勤めていた者であるが、税理士資格は有していいなかった。

イ 紺屋調査官は、原告に対し、税理士資格のない調査に無関係な第三者の立会い及びテープレコーダーによる録音は、税務職員に課せられた守秘義務に違反するおそれがあるため認められないことを説明し、丁の退席、録音の中止及び録音した内容の消去を求めたが、原告はこれに応じなかった。

ウ 原告は、提示を求められた帳簿書類のうち、平成三年分のうち発行後三年を経過した分はない旨を申し立て、その理由として司法書士及び土地家屋調査士に関する法規では、領収証の保存期間が、発行日から三年とされていることを主張したのに対し、紺屋調査官は、所得税法施行規則六三条一項所定の五年間又は七年間の保存期間を説明し、原告と論争となった。

そして、原告は、「領収証はあるから見ろ。領収証を見ればすべて分かる。」と言って、長机の上に段ボール箱を置き、指差したが、紺屋調査官は、丁が退席していないため、守秘義務違反のおそれを理由に、段ボール箱の中の書類を確認しなかった。

エ その後も、原告は、丁の退席及び録音中止の要請に応じなかったため、紺屋調査官は、その日の調査を終了し、午後二時二〇分ころ、原告の事業所を辞去した。

(2) ところで、所得税法二三四条の規定は、所得税について調査の権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事実にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同条一項各号に規定する者に対して質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、これを権限ある税務職員の合理的な選択にゆだねたものと解される。

したがって、税務職員が帳簿書類の検査に当たり、第三者の立会いやテープレコーダーによる録音を認めるか否かは、具体的調査状況に応じた税務職員の前記合理的な選択にゆだねられたものというべきところ、税務職員は税務調査に関して守秘義務を負い(所得税法二四三条)、第三者の立会いやテープレコーダーによる録音は特に被調査者の取引先等の秘密事項の保持に懸念を生じさせるものであるから、本件における右調査状況に照らし、紺屋調査官が、税理士でない第三者の退席を求め、録音の中止を求めたことは、右合理的な選択の範囲を逸脱したものとはいえない。

ところが、原告は、丁の立会い及びテープレコーダーによる録音に固執していたのであるから、前記のとおり、領収証の入った段ボール箱を長机の上に置き、指差したからといって、調査担当職員が守秘義務違反の懸念なく必要かつ十分な閲覧調査ができる状態においたものとはいえず、これをもって、帳簿書類の提示があったとはいえない。

(3) 右のとおり、平成六年八月二六日の調査において、紺屋調査官が恣意的に調査を拒否したとはいえないから、紺屋調査官の右調査に違法はない。

(三) 紺屋調査官が仮面調査及び青色申告の承認取消しを伝えたことについて

(1) 原告は、本人尋問において、紺屋調査官から、電話で、青色申告の承認を取り消し、反面調査を行いたいと言われたことから、練馬東税務署に赴き、石亀統括官及び紺屋調査官と面接することになった旨供述し、原告作成の陳述書(甲四二)には、原告は、右面接の際、石亀統括官及び紺屋調査官から、帳簿を提出しなければ、青色申告の承認を取り消し、反面調査を行うと脅された旨の記載がある。

(2) そして、証拠(乙二、証人紺屋)によれば、次の事実が認められる。

ア 紺屋調査官は、平成六年九月一二日、原告の事業所へ臨場し、原告に対し、立会人及びテープレコーダーによる録音がない状況で調査に協力するよう要請したが、原告は、右要請に応じなかった。

そこで、紺屋調査官は、原告に対し、立会人がいる状況では、税務職員に課せられた守秘義務に違反するおそれがあるため、帳簿書類の調査ができず、帳簿書類を提示したことにはならないことを説明し、さらに、帳簿書類の提示を要請しているにもかかわらず、その提示がされなければ、調査に協力が得られないものと判断せざるを得ず、このままでは反面調査を行うことになり、青色申告の承認取消しもあり得る旨を説明した。

イ 紺屋調査官は、同年一〇月三日、原告の事業所へ臨場し、原告に対し、再度、立会人が認められない理由を説明して、帳簿書類の提示を求めたが、原告は、右要請に応じなかった。

そこで、紺屋調査官は、原告に対し、再度、このままでは反面調査を行うことになり、青色申告の承認取消しもあり得る旨を説明した。

ウ 紺屋調査官は、石亀統括官に対し、調査経過を報告するとともに、原告に対する調査への協力依頼と並行して、税務署独自の調査を進めることについて、石亀統括官の了承を得た。

そこで、紺屋調査官は、同月四日、原告に対し、電話で、調査への協力を要請したが、原告は右要請に応じなかったため、紺屋調査官は、原告に対し、今後は、税務署で独自に調査を進める旨を伝えた。

エ 原告は、同月七日、練馬東税務署に来署したが、石亀統括官は、調査に協力が得られれば反面調査以外の調査方法もある旨の説明を行い、最終的に、原告は、調査への協力及び帳簿書類を税務署に貸し渡すことを了承した。

(3) 右のとおり、紺屋調査官は、反面調査を行うことを伝えているが、原告が第三者の立会いやテープレコーダーによる録音に固執する状況の下においては、帳簿書類の提示があったとはいえないことは前記のとおりであり、このように原告から調査への協力が得られない状況において、紺屋調査官が、反面調査の必要があると判断したことは、前記の税務職員の合理的な選択を逸脱するものではないから、同調査官が、原告に対し、反面調査を実施する旨を伝えることが脅迫に当たるということはできない。

また、右のとおり、紺屋調査官は、青色申告の承認取消しがあり得る旨を伝えているが、所得税法一五〇条一項一号は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が同法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを、青色申告承認取消事由として規定しているところ、これは当該納税者の帳簿書類について税務署長が同法二三四条に基づく調査をなし得ることを前提として、その調査により帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告承認による特典を与える趣旨に出たものと解されるから、青色申告者が右帳簿書類の調査に応じないためその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、同法一五〇条一項一号所定の青色申告承認取消事由に該当すると解される。

したがって、紺屋調査官が、前記のとおり原告から帳簿書類の提示があったとはいえないことを、青色申告承認取消事由に該当すると判断し、青色申告の承認取消しがあり得る旨を伝えることは、脅迫に当たるものではないというべきである。

(四) 平成六年一〇月一二日の調査について

(1) 証拠(甲三五、乙二、証人紺屋)によれば、平成六年一〇月一二日の調査について、次の事実が認められる。

ア 紺屋調査官は、同日午後一時ころ、原告の事業所に臨場したところ、原告は、テープレコーダーによる録音を始め、「このまま勝手に反面調査を行われては死活問題だ。これは、脅迫以外の何ものでもない。」などと申し立てたため、紺屋調査官は、調査に協力が得られなければ、税務署独自の調査を行うことになる旨を説明し、帳簿書類を提示して調査に協力するよう繰り返し要請したところ、原告は、テープレコーダーが停止した。

イ 原告は、紺屋調査官に対し、原告の事業所内に置いてあった段ボール箱二箱を指差し、さらに、紺屋調査官を事業所の裏に案内して、そこの書棚を指差して、帳簿書類であると指示した上で、「全部持って行け。」と大声で言った。

ウ 紺屋調査官は、原告に対し、帳簿書類として指示された物の内容を確認してから借用書を書く旨を告げたところ、原告は、「もう、あんたとは話したくない。早く持って帰ってくれ。」と発言するや否や出口に向かって歩き始めたため、紺屋調査官は、右内容を確認できないまま、急いで「借用書の記載は、帳簿書類一式でもいいですか。」と尋ねたところ、原告は、「何でもいい。」と返答した。

そこで、紺屋調査官は、借用書に急いで日付を記載し、原告に手渡そうとしたが、原告は借用書を受け取らないまま事業所を出て行ってしまった。

エ 紺屋調査官は、原告に対し、直接には借用書を渡せなかったが、原告が同月七日に来署した際に帳簿書類の借用を了解していたし、この日も、右借用を承諾したことから、原告から提示された書類を借用して持ち帰ることとした。

そして、紺屋調査官は、原告とのやり取りを聞いていた従業員に対し、右書類を借用するので、借用書を置いていく旨を伝え、借用書を右事業所の事務机の上に置いて、午後一時三〇分ころ右事業所を辞去した。

なお、紺屋調査官は、右借用書を作成する際、借用書に「一〇月一二日」と記載すべきところを、誤って「一〇月一三日」と記載した。

オ 紺屋調査官が借用した書類は、領収書の控え及び申請書の控えであった。

(2) なお、原告作成の陳情書(甲四二)には、原告不在の間に書類を持ち去られた旨の記載がある。

しかし、原告は、本人尋問において、平成六年一〇月一二日の調査の途中まで原告の事業所にいたことを認めていること、その際に、紺屋調査官に対してどの書類を持ち帰ることに同意し、又は同意しなかったかについて、原告の記憶はあいまいであること、紺屋調査官の持ち帰った書類の中には事業所の外にあったものも含まれていたが(原告も本人尋問において認めている。)、原告の案内がない限り、紺屋調査官がそのような書類を発見するのは困難であると考えられることからすると、前記の陳情書の記載を採用することはできない。

(3) 右のとおり、紺屋調査官は、原告の承諾を得て書類を借り受けたのであるから、同調査官がこれらの書類を違法に押収した旨の原告の主張は理由がない。

また、原告は、書類の調査期間は二、三日という約束であったにもかかわらず五五日間に及んだ旨主張し、原告本人尋問及び原告作成の陳述書(甲四二)中にも、石亀統括官がその旨を約したとの供述部分があるが、他方、証人紺屋は「石亀統括官は二、三日あれば終了することもあるが、はっきりとは言えないと言っていました」と供述していることに照らせば、借用期間が二、三日という明確な合意があったとまでは認定することばできない。

(五) 平成七年七月七日の調査について

前記争いがない事実(第二の一5)に、証拠(甲四三、乙二、証人紺屋)を総合すると、紺屋調査官は、同日午後三時ころ、原告の事業所に臨場したところ、原告のほかに、丙弁護士及び乙税理士が同席しており、さらに後からB商工会の男性一人が加わったこと、紺屋調査官は、原告に対し、平成四年ないし六年分の所得税の調査に来た旨を告げ、調査に無関係な第三者を退席させた上で、帳簿書類を提示するよう要請したが、原告は、テープレコーダーによる録音を始めるとともに、紺屋調査官の写真を撮影し、さらに、二度にわたって石亀統括官に電話をかけて紺屋調査官の発言内容の確認を行うなどして、右要請に協力する姿勢を示さなかったこと、紺屋調査官は、原告に対し、録音したテープの内容を消去し、撮影したフィルムを渡すよう求めたが、原告はこれに応じなかったこと、このように調査に進展がなかったため、紺屋調査官は、同日午後五時ころ、右事業所を辞去したことが、それぞれ認められる。

確かに、甲四三号証には、原告が、同日、必要書類を準備しておいた状況が撮影されているが、原告が、紺屋調査官の要請を拒否して、調査に関係のない第三者の立会い、テープレコーダーによる録音や写真撮影に固執する状況の下においては、必要書類がその場に置かれていたとしても、これをもって帳簿書類の提示があったとはいえないことは前記のとおりであるから、紺屋調査官が恣意的に調査を拒否したとはいえない。

したがって、紺屋調査官の同日の調査が違法であるとは認められない。

(六) 平成七年一二月四日の調査の失念について

高橋上席が、同日午後三時からの原告の事業所における臨場調査を失念したことは前記のとおりであるが(前記第二の一8)、その後、高橋上席は、同月二二日、原告の事業所に臨場し、原告に対し、調査への協力を要請するとともに、次回調査の予定日時を伝えており(前記第二の一9)、さらに、平成八年一月二四日、原告に対し、調査の日程を決めたいと伝えていること(前記第二の一10)からすると、高橋上席が、原告に対する調査を不当に拒否する意図を有していたと認めることはできず、調査の失念をもって、直ちに違法な調査拒否であったということはできない。

(七) 原告に対する調査が約一年七箇月に及んだことについて

原告は、調査担当者が調査を長期間長引かせ、恣意的に不平等な扱いをした旨主張するが、前記認定の調査の経緯に照らせば、原告に対する調査が平成六年八月から約一年七箇月間も要したのは、原告が調査に関係のない第三者の立会い、テープレコーダーによる録音や写真撮影に固執するなど調査に対して協力的な姿勢を示さなかったこともその一因であったといえるから、調査担当者が違法に調査を長期化させた旨の主張は採用できない。

2  争点1(二)について

証拠(甲三六)によれば、本件青色申告承認取消処分は、原告が、<1>平成六年八月二六日、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類を提示し、調査に協力するようにとの求めに応じなかったこと、<2>同年一〇月一二日、事業に関するすべての帳簿書類の提示の求めに対し、平成四年及び五年分の領収書控えを提示したが、他に現金の出納等に関する事項を記載した帳簿を提示しなかったこと、<3>平成七年七月七日、調査に関係のない第三者を退席させた上で帳簿書類を提示し、調査に協力するようにとの求めに応じなかったことが、所得税法一五〇条一項一号所定の青色申告承認取消事由に該当することを理由になされたことが認められる。

そして、前記のとおり、青色申告者が帳簿書類の調査に応じないためその備付け、記録及び保存が正しく行われていることを税務署長において確認することができないときは、同号所定の青色申告承認取消事由に該当すると解されるところ、原告が、平成六年八月二六日及び平成七年七月七日の調査において、第三者の立会いやテープレコーダーによる録音に固執する状況の下では、必要書類を示す態度を示したとしても、これをもって帳簿書類の提示があったとはいえないことは、前記のとおりであること、平成六年一〇月一二日に原告から提示があったのは、領収書の控え及び申請書の控えであり(前記1(四)(1)オ)、所得税法施行規則五六条一項所定の帳簿書類のすべてではないことからすると、練馬東税務署長において、原告が前記青色申告書に取消事由に該当すると判断した点に違法はいないというべきである。

3  争点1(三)について

(一) 原告は、紺屋調査官が平成七年一月一九日に平成四年及び五年分所得税の申告額と調査額との差額を指摘したが、右指摘が申告漏れの指摘ではないとすれば、右各年分の所得税の更正処分は、根拠なくしてなされたものとなるから違法である旨主張する。

しかし、前記差額の指摘が申告漏れの指摘ではないからといって、それだけで直ちに右各更正処分の根拠がなくなるものではないから、原告の右主張は失当である。

(二) また、原告は、平成六年分所得税の更正処分は、調査が全く行われずになされたものであるから違法である旨主張する。

そして、前記のとおり、平成六年分所得税については、原告が帳簿書類を提示しなかったり、高橋上席が臨場調査を失念するなどにより、これに関する帳簿書類の調査が実施されずに、更正処分が行われているが、国税通則法二四条所定の調査とは、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味するものと解され、納税者の帳簿書類の調査に限定されるものではないから、原告の同年分の帳簿書類の調査がなされずに更正処分がなされたからといって、そのことから直ちに更正処分が違法となるものではないというべきである。

(三) このほかに、原告は、平成四年及び五年分の所得税の更正処分において、認定された所得税は、原告の主張額を上回り、あり得ない売上金額を前提とするものであるとか、右各年分の所得税についての最終的な再更正処分における税額は、原告が慫慂を受けた税額よりも少なく、このような差が生じた理由が不明であり、処分庁の恣意的な取扱いを窺わせるとか、本件各更正処分は、原告が源泉徴収によって納付した所得税額を考慮に入れなかった疑いがあるなどと主張するが、右主張は、いずれも推測や疑いに基づくものであり、本件各更正処分の違法性を窺わせる具体的事情については何ら主張、立証がない。

(四) したがって、本件各更正処分が違法である旨の原告の主張はいずれも採用できない。

4  争点1(四)について

原告は、練馬東税務署長に対し、税務調査及び申告について申入れ、陳情を行い、平成四年ないし六年分の所得税額の算出根拠について教示を求め、国税通則法二六条に基づく減額再更正を嘆願するとともに、国税庁長官あてに請願書を提出して善処を要請したにもかかわらず、練馬東税務署長が誠意ある対応を示さなかったことが違法である旨主張する。

しかし、練馬東税務署長が、これらの陳情等に対し、何らの回答等の対応をすべきことを義務付けた法令の定めはなく、これが同税務署長の職務上の法的義務であるとは認め難いことから、練馬東税務署長が右陳情等に対する回答等の何らかの対応しなかったことは、違法ではない。

5  以上によれば、原告の損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二  不当利得返還請求について

1  争点2(一)について

所得税法が申告納税制度を採用し、申告の過誤の是正につき、更正の請求等の特別の規定が設けられた趣旨からすると、申告内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であり、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで錯誤を主張することは許されないと解すべきである。

ところが、原告が本件修正申告の錯誤として主張するところは、石亀統括官及び高橋上席の慫慂に従って申告すれば更正処分を受けることはないと認識していたにもかかわらず更正処分を受けたというものであるが、修正申告すれば更正処分を受けないで済むかについて石亀統括官らに対し確認を求めたわけではないのであるから、右は申告の動機の錯誤にすぎないというべきである。

したがって、本件修正申告が錯誤に基づき無効であるとの原告の主張は失当である。

2  争点2(二)について

原告は、税務調査に重大な手続的瑕疵がある旨主張するが、右調査の経緯については前記一1のとおり認められ、これによれば、本件各更正処分を無効とするような手続的瑕疵はないというべきである。

また、本件青色申告承認取消処分は、前記一2のとおり適法であるから、これが無効であることを前提に、本件各更正処分が無効であるとする原告の主張は失当である。

そして、他に、原告が本件各更正処分の無効事由として主張する事項は、前記一3のとおりであり、既に判断したところによれば、これらが重大かつ明白な瑕疵とならないことは明らかというべきである。

3  以上によれば、原告の不当利得返還請求は理由がない。

三  よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

別表一

平成四年分課税処分等の経緯

<省略>

別表二

平成五年分課税処分等の経緯

<省略>

別表三

平成六年分課税処分等の経緯

<省略>

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